不自由を楽しめ

ルールが嫌いだった。

例えば、高校の校則。意味のわからないルールばかりでした。

  • 前髪は眉毛にかかってはいけない
  • 2ブロックはダメ
  • 校内での携帯使用禁止

はあ?別によくね?

ってルールばっかり。これは高校だけではなく、どこでもそう。世の中には訳のわからないルールが多すぎる。

ルールは人の行動を縛るもの。人を不自由にするもの。

だからルールが嫌いだった。

けど一回発想を変えてみると、


不自由って面白いな。

って思えるようになりました。

「不自由=つまらないもの」と考えるのではなく、「不自由=楽しいもの」と考えれば、ワイの人生はもっと面白くなっていく気がする。

ってか、「自由」よりも「不自由」の方が面白いんじゃないかなとも。

 

 

自由度の高すぎるゲームは遊ぶ気にならない

例えばこんなゲームがあるとします。

  • キャラクター数1800種類
  • 技の種類が6万種類
  • 武器・防具の種類は90万種類
  • ワールドマップが異常に広い

 

こんなゲームやりたいと思いますか?

 

ワイはやりたいと思いません。

キャラ1800種類で技が6万種類で武器・防具が90万種類あったら、その組み合わせは、97兆2000億通りあります(1800×60000×900000)。

97兆の中から、自分に合った一つを探すなんて、やってられなくないですか?

10個の中から1つを選ぶとかならまだ出来ますけど…。

 


自由度の高すぎるゲームはやる気にならん。

逆に自由度がちょうどいいゲームはやる気が出ます。FF7なんか丁度いいゲームですよね。だからこそあれだsけヒットしたんだと思います。

ある程度縛られた中で、どんな風にプレイングしていくか、考えるから楽しいんですよ。

 

不自由は人生を楽しくするもの

この世の中は非常に自由度の高いゲームみたいなもんです。

だからこそ、人生を楽しむ為には不自由が必要なんです。

 

先程の、「高校の校則」を例に挙げて考えてみます。

本来髪型なんて自分の自由にしていいんです。けど、「なんでもいいよ」って言われたら、選択肢が多すぎて困りません?

  • 髪を染めるのもあり
  • どれだけ髪が長くてもいい
  • スタイリングも自由

 

無限の組み合わせの中から、一つを選ぶとか、自由度高すぎて逆にやる気が起きません。

 


髪は自己表現。そこを縛るのは、間違ってる。

こう思う人もいると思います。ってかワイもこう思ってました。

勿論、そのルールが間違っていれば直さなければなりません。

ですが現実問題、ルールを変えるのって大変じゃないですか。この日本とか特に。昔の古き良きなんちゃらとかいって、全然変わらないんですよ。あいつらアホだから。

それに文句言ってても時間の無駄。

その中で楽しむ方法を探すやり方もありじゃね?って話です。

 

セルフ縛りプレイもアリ


縛りが足りない!もっと縛られたい!!

って人は、自分で自分に縛りをかけるのもアリです。俗に言う縛りプレイです。

縛りプレイは面白い。一度ポケモンをポケモンセンターを一切使用せずにクリアしてみて下さい。縛りプレーの面白さに気付けますよ。

 

例えば、

  • 給料から5万円、あらかじめ天引きして一ヶ月を生活してみる
  • 一日一食しか食べない
  • 電車を使わないで、徒歩やバスのみで通勤してみる

とか。大きな事から小さな事まで、なんでもいいと思います。

自分を縛る事は面白い(卑猥な表現ではありません)。

そういう不自由にこそ、自由の楽しさが潜んでいるんです。それに気付けたら、また人生が一つ楽しくなっていくんだと思います。

 

不自由を自由に遊び尽くそう!

不自由の中に自由はあって、自由の中に不自由があります。

矛盾してるようですが、こんな風に思えます。

プレイングは人それぞれです。嫌いなルールがあれば直すまで諦めないのもいい。それを受け入れて楽しむのもいい。

どっちにしろ人生は楽しそう。

けど個人的には、与えられた不自由を自由に遊び尽くせる人でありたいなと考えます。


不自由を楽しもうぜ!

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